講義「コンピュータゲーム」で学んだこと
この講義では「エンターテイメントシステム」という概念を様々な角度から考えました。この授業を受講するまで「エンターテインメントシステム」という言葉すら私は知りませんでしたが、授業では豊富な実例を交えながらその内容に迫りました。白井先生によれば「エンターテインメントシステム」とは「人々の娯楽に作用するようにデザインするシステム」だと定義されます。重要な点は、エンターテイメントシステムはシステムであるので、映画やゲームソフトなどコンテンツそのものとは区別されるということです。コンテンツとコンテンツをどのように享受するのかといった環境まで含めてエンターテイメントシステムだということです。例えば、動画そのものはコンテンツだが、ニコ動やyoutubeなどの動画サイトは動画に対するコメントやオススメ動画の表示などユーザーに対してコンテンツを楽しむための環境を提供しています。このようなとりわけ双方向性のあるサービスはエンターテインメントシステムだと言えるのです。
さて、この授業で学んだことは大きく二つに分けることができると思います。第一に、「エンターテインメントとは何か」という人間に関する要素。次に「エンターテインメントを可能にするシステムにはどのようなものがあるか」という技術、設計に関する要素です。我々受講生はこの二つの要素を様々な実習課題を通して考えました。
「エンターテインメントとは何か」
まずは「エンターテインメントとは何か」の部分です。
この授業は「遊び」とは何かという哲学的な問いからこの授業は始まりました。これは「エンターテインメント・システム」の「エンターテインメント」とは何かという問いと深く関連しています。白井先生は「遊び」という概念を6つの要素にわけることで「遊び」とは何かという問いに迫りました。その6つの要素とは、「いつでもやめられる自由な活動」「日常と非連続で隔離された活動」「現実世界に富を生まない非生産的活動」「現実と区別がつく、虚構の活動」「遊びの世界を支配する、規則のある活動」「選択の自由がある未確定の活動」です。ある活動が「遊び」であるとは、以上6つの要素を満たす活動であるのです。我々は課題として、身近な活動が遊びであるかないかを遊びの6要素からみて検討しました。
ピアジェによる遊びの段階説についても学びました。ピアジェによると人間は発達段階に応じて遊びの質も変化するそうです。まず、生後1〜2歳くらいまでに感覚運動遊びを獲得します。これは、外界を操作したり身体を動かしているだけで楽しいと思う状態です。次に、2〜5、6才までに象徴的遊びを獲得します。これは、ごっこ遊びなどや模倣などの記号化能力が必要とされる遊びです。そして、7歳行以降からルールのある遊びを獲得します。これは、思考の具体的操作,個人間の関係理解,世界観・因果と偶然が理解できる.ルールのある遊び,社会的遊びが含まれます。
次に、「ペルソナ」という概念について我々は学びました。「ペルソナ」とはサービスを享受する人が性、年齢、趣向など、どのような人間であるのかということです。エンターテインメントシステムを設計する上で、ユーザーのペルソナを考えて設計することは非常に重要です。ペルソナを考える上で重要な点のは2点あります。第一に「ペルソナ」は「動的」だということです。ペルソナはエンターテインメントシステムとの関わりの中で、変化するということを忘れてはなりません。例えば、子供の頃「テニスの王子様」や「ファイナルファンタジー」に触れて育った男の子がその後経験を重ねてどのようにペルソナが変化し成長したのかを長期的な時間軸で考えることが、システム設計時に想定されるユーザーを考える上で重要なのです。さらに重要なのは、「ペルソナ」は「複合的」だということです。複合的とはつまりあるエンターテインメントシステムのユーザーは異なる複数のペルソナのセットだということです。例えば、子供向けゲームソフトのプレーヤーは子供ですが、お金を出すのは親なので親にも楽しんでもらえたりすような内容やお金を出しやすい価格帯であることがゲームソフト設計にとって重要なのです。
「エンターテインメントを可能にするシステムにはどのようなものがあるか」
次に、「エンターテインメントを可能にするシステムにはどのようなものがあるか」の部分です。この授業では、かなり数多くのエンターテインメントシステムに関わる技術を紹介しました。ここではそのうちいくつか自分の印象に残った技術を紹介します。
最初に我々はUnityという、ゲームソフトウェア開発環境について知り、簡単な操作をしてみました。この開発環境はゲーム業界では世界的に広く使われているので知っているべきだそうです。Unityでは、3D映像のレンダリングも可能です。レンダリングとは、映像や音声などをコンピュータ上で生成することです。
さらに、白井先生が開発している、画面の多重化技術についても知りました。この技術では一つの画面は二つの映像を同時に提供しており、裸眼ではそのうちの一つの映像を、特殊なメガネをかけた視聴者はもう一つの映像を見ることができる技術です。
MITが開発したping pong plusでは、卓球台にコンタクトマイクを仕込み、それにより卓球の球が当たった位置を把握し、それに連動して映像を卓球台に写したり、音声を再生したりといったことが可能となります。
日本科学未来館ではDigital Content Expo 2015というイベントが開催されました。そこでも数多くの技術が紹介紹介されていました。筑波大学による、複数のカメラの映像を組み合わせてユーザーにスタジアムでサッカーの試合などをズームや角度など自由な視点で試合を楽しめる「自由視点スタジアム」や、東大と慶応大による、赤ちゃんがおしゃぶりをする吸い方、強さ、吸う感覚などの情報を取得しその様子を別デバイスで確認することを可能にする「デジタルおしゃぶり」などユニークな技術を数多く知ることができました。
さらには、2048というスマホゲームのゲームクローンを作る課題を一部の人がやり、発表がありました。そこでは、各々がCやprocessingやHaskellなど異なる言語で 2048を作っていました。ソースコードも発表し、私はその課題は選ばなかったのですが、非常に刺激になりました。
以上挙げた例を他にも、数多くのエンターテインメントシステム関わる技術が世の中にはあるということをこの授業では学びました、これらの技術がどのようにエンターテインメントに応用されているのかを幾つかの課題を通して学びました。
以下では、課題を通して学んだことを紹介したいと思います。
課題を通して学んだこと
印象に残った課題があります。われわれは課題の一つとして、テクノロジーを利用して従来のスポーツを拡張するという「超人スポーツ」のコンセプトに基づいて、新しいエンターテインメントシステムを企画設計する課題に受講生は取り組みました。この課題は、授業で学んだ「ユーザーの複合動的ペルソナ」、「既存の技術のエンターテインメントシステムへの応用」、「人が楽しいと思うとはどういうことか」について考える絶好の機会となりました。またそれと同時に「技術的な実現性によって、対象ユーザーのペルソナが制限されてしまう」というシステム設計の難しさも実感しました。
私は「魔物スカッシュ」というゲームを提案しました。壁に移された魔物をテニスボール(またはスカッシュボール)で倒すゲームです。技術的には、先に挙げたMITのping pong plusの技術を卓球台だけでなく、壁打ちの壁へ応用するという提案です。これは、感覚運動遊びであり、魔物を倒す世界観のなかで戦士になりきる象徴的遊びであり、一定回数制限時間内に球を魔物にあてなければならないというルールのある遊びです。先に挙げた遊びの6要素も満たしているつもりです。講義で学んだ内容を実際にシステムを提案することで、より体感として理解することができました。
一方で技術的実現性と対象ペルソナのギャップとシステム設計の難しさも感じました。魔物スカッシュを提案した時、テニスの壁打ちゲームかスカッシュの壁打ちゲームかで決めかねていました。システムを運用する難易度はテニスボール/ラケットを使うよりもスカッシュボール/ラケットを使う方が実現しやすいです。場所が小さく室内コートが用意できるからです。一方、私はユーザーの動的複合ペルソナは「リゾート地などでテニスを楽しむ20〜40代の男女」かと「都内室内テニスクラブでテニスする習慣がある10〜40代のテニスプレーヤー」と想定しました。わたしは、ある程度の数の人に主にリゾート地でも楽しんでもらえるようなゲームを提案したかったのです。テニス人口の方がスカッシュ人口よりもかなり多いことと、リゾート地でのプレイ人口がテニスの方が多いことからこのペルソナを想定していました。このように、システム運用の難易度を下げれば、ユーザーのペルソナは制限され、ユーザーのペルソナを自由に設定すれば、システムの運用難易度が上がるというジレンマを感じました。このようなジレンマを乗り越えるには、動的複合ペルソナを注意深く考える力と実現するための技術的、社会・経済的な知識と経験の両方が求められるのだと実感しました。
講義「コンピュータゲーム」で得られた気づき・為になったこと
この授業を通してわたしは、以下気づきを得ました
①どんなユーザーがどんな状況でサービスを享受しているのかに注意深くなった
②「遊びで楽しいと思うこと」も人間の普遍的な活動であることを自覚した
③工学的なさまざまな技術と応用例について知識が広がった
①「コンピュータゲーム」という講義名から、最初に授業をとった時はコンピュータゲームの技術的なことのみを扱うのかなと思っていましたが、実際はエンターテインメントシステムというコンピュータゲームも包括する抽象度の高い内容を扱う授業でいい意味で驚きました。授業では狭い意味でのエンターテインメントシステムではない、三鷹市や武蔵野市のホームページや自動販売機のデザインについても触れ、「受け手が存在するサービスのデザインが受け手のペルソナが考慮されたデザインになっているか」が一つの重要なメッセージだったと思います。そのメッセージは、仏教において受け手に合わせて教えを説く「待機説法」の精神にも通ずると思いました。この授業で得られた視点であらゆるサービスを見て今後の人生に生かそうと思います。
②今まで、遊びとは何かについてあまり考えたことがありませんたが、この授業はその機会を提供してくれました。遊びにおいて楽しいという認知的現象は、人間であれば誰しもに起こりうる現象なのではないかと授業を受講した今、思うに至っています。人間が音楽聴いて美しいと感じたり、言葉を話したりするのと何が同じで何が違うのでしょうか。白井先生が、受講生が2048をプレイする様子を観察する時間を授業内で設けたとき、「実験」という言葉を使っていたのが印象的で、遊びという人間の認知的機能を真剣に考えるきっかけになりました。自分は言語学専攻で、人間に内臓された認知機構を調べ考えることに関心が高いです。遊びの感情も今後考察対象にしていきたいと思います。「楽しい」という感情の種類も「遊び」や「遊びのルール」などの条件の違いによって変わるのか変わらないのかその関係は興味深いテーマだと思います。
③私は情報科学副専攻だとはいえ、工学的な技術の応用例についての知識はかなり少なかったです。しかし、この授業を受講して工学的技術の知識もこれから増やしていこうという気になりました。特にそれを感じたのは、自分で超人スポーツを提案する課題に取り組んだことです。白井先生のMITの技術があることを知らずに課題は提案できませんでした。「魔物スカッシュ」を提案する前私は「人ロボ混合ダブルス」という企画をしていたのですが、技術的に自分のイメージしていたものを実現するのは現時点で困難だということがわかりました。今後、なにか新しいサービスを提案する時もどんな技術が存在するのかについての知識だけでも持っておくことは不可欠だと実感しました。
後輩へのおすすめ
この授業は様々なバックグラウンドの学生が受講しています。情報科学専攻の学生だけでなく、哲学、社会学、国際関係学、言語学、言語教育、心理学など様々です。その多様な背景の学生が許容される授業の設計となっています。ICU生のだれしもが受講することができ、受講する意味がある授業だと思います。
まず、情報科学専攻の学生をはじめとする、現在プログラマーであったり将来プログラマーになりたい学生にとって大変意味のある講義です。その理由は、この授業では高度なゲームプログラミングの技術を学ぶ授業ではありませんが、なぜそのような技術を使うのかといった一番大事な部分を考える機会を提供してくれます。自分がなんのためにプログラミングをしているのか、出来上がったソフトウェアは誰がどのような環境で利用するものなのかを仕様書などの設計段階から深く考える為にもこの授業はとても有用です。
次に、経営学専攻をはじめとする現在、あるいは将来ビジネスとして新しいサービスを作っていきたいと考える学生にも大変有用です。なぜなら、多くのサービスを設計する上でそのサービスのユーザーの動的複合ペルソナを深く考えることは不可欠であり、さらにサービスを展開する上で工学的技術の知識、技術者との協力関係も極めて重要だからです。この授業では、工学的技術の応用例が数多く紹介されており、Digital Content ExpoやSIGGRAPH ASIAといった研究発表の場がどのように行われているかについて情報を得ることができます。情報収集の場としてとても有用です。
さらに、生物学や心理学、社会学専攻などの生物としての人間、あるいは社会的な存在としての人間に興味がある学生にもこの授業は有用です。なぜなら、「遊び」という人間の一般的現象を改めて考え直す体験を通じて、生物としての人間、社会的存在としての人間に新たな着想をえることにつながるからです。生物学者であれば、他の類人猿における遊びと人間における遊びの比較研究ができるかもしれないし、心理学者であれば遊びの「楽しい」という感情をテーマに心理的実験ができるかもしれません。「遊び」を各専門分野から研究対象にする、それだけ「遊び」は興味深い現象なのだということを再認識させてくれる授業なのです。
授業の内容もこのような動的複合ペルソナを対象に設計されている(と思う)ので自分が何を専攻しててもきっと役立つはずです。もっとも、自分の専門でない分野の知見についても垣間見ることができるので、それだけでもICU生としてはトライしてほしい授業です。ぜひ、自分自身で来年の「コンピュータゲーム」の授業を受講して、「エンターテインメントシステム」について考え、人生の糧としてください。
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